(陰陽魚太極図 荘子の人生論 P50より)
☆『極性の法則』を象徴する太極図(陰陽魚太極図)ですが、こうして学べば学ぶほど、極めて重要な「真理」を体現しているその象徴である。ということが、日に日に強く実感してまいります。何か物事を考える時はこの太極図を描いて「ごく自然に使えている」といった感じまで、高めたいものですよね!
今回は、「美と降魔」の思考材料を集めていましたら、たまたま『荘子の人生論』の中に荘子様が、『逆説的』に物事を考える事を説明するために語られた一節と、またまた、バシャールが『極性の法則』を述べている一節をみつけましたので、お盆休み中ですので、ゆっくりじっくりと少し学んでみたいと思います。
『荘子の人生論』を読むかぎり、荘子様は極めて「型」に填められたくない方なのだなと思います。「転生輪廻」のリサイクルの考えであるとか、ナルホドそういう考え方もあるのかと驚かされます。それこそ超型破りなことろがもの凄いのですが、『美意識』も恐らく超ド級で凡夫を寄せ付けない境地があることは十分に伺えまたした。こうした荘子様から、凡夫な私がふつうに理解できる唯一まともな発言がこれで・・・。
人生はねえ、白だけでも黒だけでもないんだよ。黒をみつめていると白が見えてくる。白を見つめると黒が見えてくる。こういうもんなんだよ。
だから、君らねえ、「幸福になろう」と思ったら、その瞬間、不幸に陥るからね。「不幸になろう」と思ったら、幸福になれる。ね?
まあ、そんな関係だから、「道教の白と黒のあのマークこそが悟りそのものだ」ということを、よく知った方がいいよ。(荘子の人生論 P50)
あえて言われるということは、いかに大事な考え方か改めて認識した次第です。
続いてバシャールですが、バシャールも同じ考えを持っています。
陰陽のシンボルの白地部分には黒い点が、そして、黒地部分には白い点がありますね。
このふたつの点は、「ポジティブな観念やエネルギーはネガティブな形に利用することができる」ということ、そして「ネガティブな観念やエネルギーも、最低でもひとつの分野においてはポジティブな使い方をする余地が必ずある」ということを示しています。
つまり、どんなに明るく見えるものの中にも闇を見いだす可能性があるし、逆に、どんな暗い状況においても光を見いだすことができるのです。(未来はえらべる! P18~19)
さらに、どんな状況でも、「光とつながる命綱がある」ということで、陽中の陰、陰中の陽は「選択の自由」を表していると言っていますね。
たとえ、どんなに暗く見える状況であったとしても、みなさんには、光とつながる命綱が必ずあります。
光は闇がなければ存在できないのと同じように、闇も光がなければ存在できないからです。
光があり、闇がある。光の中にもちょっとした暗闇があり、また暗闇の中にもちょっとした光がある。この光の中に見える闇の一点、また闇の中に見える光の一点、これは「選択の自由」を表しています。
みなさんが選択しさえすれば、光の中にいる時でも、いつでも闇とつながることができ、闇の中にいる時でも、いつでも光とつながることができます。
光と闇は永遠にお互いに絡まりあっています。分かちがたい存在です。ですから、どれだけ暗い状況に見えたとしても、常に光とつながることができるのです。これが存在そのものの特徴です。(人生に奇跡を起こすバシャール名言集 P96~97)
そして、「極性の法則」そのものの性質をよく表していると思われるのが次の一節です。
闇を知らなければ、光を理解できません。
闇がなければ、光も意味をなしません。
光と闇の両方を経験することによって、より大きな新しい意味、より大きな新しい経験をつくり出すのです。
一部だけでなく、全体が見えてくるのです。これこそが「創造」のサイクルです。(バシャールのワクワクの使い方実践篇 P115)
ということで、「極性の法則」を繰り返し繰り返し学ぶことによって、理解が一段と深まっていく「極性の法則」を受け入れる『器』が大きくなっていく感じが、何とも言えないよろこびがあります。確かにありますよね!
いきなり飛躍することは無理かも知れませんが、こうして少しづつでも学んでいければ、それだけでも認識が上がるのは確かなようで、十分に何か楽しい感じがします。
今回もご覧いただきまして本当にありがとうございます。心より感謝いたします。
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