大阪屋 たてものブログ

愛することと愛されること

☆新刊の「愛することと愛されること」を、例によってパラパラパラっと、ページをめくって行って、まず、直感で目についたところを書き出してみましたよ。

「差別はよくない」といっても、人間の本性として、標準から離れている者を、やはり差別したり見下したりする気持ちになりやすいところもあります。それを宗教的に戒める教えは当然にありますけれども、社会的な制度や文化、習慣にまでそれが高まることもあります。

だから、「そういう弱者をどう護るべきか。あるいは護るにしても、どこまで護るにまで護って、どこからは諦めるか」という問題も難しいのです。(愛すること愛されること P84 3行目~)

自分の家族で、今は実家に知的障がい者の姉が二人居るのですが、どちらも個性があって、それに応じたサポートは最低限心掛けて、何とか日常生活はその二人で生活して行けるように、見守るくらいのことはしていますが、実際に、そのサポートをどこからどこまでするのか?となると、兄弟であっても、正直それはかなり難しいです。

もちろん、仏法真理的にみて、そこから学べる事は沢山あって、逆説的に、私が助かることや救われることも多々ありますので、悪い事ばかりではありませんし、HSでいう「心に寄り添う。」という言葉が、空回りや独り歩きしないで、ふつうに、感じられるのは大きな利点でしょうか…。

また、家の嫁さんも、昔から目の不自由な白杖を持った人が居たら、街の交通機関たとえば地下鉄などで見かけたら、本気で助けに行こうとする人で、「なぜ、そこまでそれに関心があるのかな?」と思っていたのですが、

仏法真理を学んで導かれる答えが、間違いなく過去世で自分が目の不自由な人であったから、目が見えるようになった今世では、その人たちを心から介助するサポートするという、人生計画をどうも立てて来ていて、

HSの職員さんからヘレンの会を経由で、先日もHSの小冊子、The伝道・No263に出ておられた、ご夫婦が東京から大阪に来る用事があって、その介助、サポートをお願します。ということで、ひとつ返事で北摂の万博公園まで行って来て、その奥様から「本当に愉しい♬」と、心から仰って頂いたみたいで、もの凄く喜んでいました。

なぜ、そこまでよろこんで頂けたのかというと、夫婦で外出、出張で知らないところに行くことが、どれだけ困難な事か、心に寄り添う、介助、サポート(交通機関を使って移動やトイレ等が、特に難しいみたいです)が、そのひとときだけでも、極度の緊張から解放され、ご夫婦とも深いリラックスして、その日1日を安心してお過ごし頂けたようでした。

そういう嫁さんの事を、まず理解するのが「愛」だと思いますし、やはり、そうした目の不自由な人への介助、サポートがしたい!と、魂が疼くならば、何を差し置いても、それを選択すべきでしょうし、そうした目の不自由な人から、 介助、サポートが求められるのなら、心地よく送り出してあげたいな!とも思います。それでこそ、魂から来る深いよろこびがあるのだと思います。

HS全体からすると非常にマイナーな出来事かも知れませんが、本人にとれば非常に大事なことと思いますので、HSでよく言われる(身近なところの)ある種の「文明実験」ですよね!

最近は隣人愛のことを多く記事にしていますが、夫婦間の愛についても「相手にとっての太陽になり、空気になり、水になる」という気持ちが大事(愛することと愛されること P62~)と、ありました様に、そこは・い・か・に・も・みたいなことではなく、相手が意識しない様な、ごくごくふつうの自然体でありたいものだと思います。

今回もご覧頂きまして、本当にありがとうございます。心より感謝いたします。

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