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修学院離宮 参観

☆津田修身不動産鑑定士顧問が申し込んでくれていました「修学院離宮」参観に、同行させていただけましたぁ。(平成22年3月29日参観) 

 ここの庭園は、自然環境に恵まれていて、実に広々として開放感がありましたぁ~。 

 ■修学院離宮

 

 当社津田修身不動産鑑定士顧問より、寄稿いただけました(平成22年4月2日金)ので、掲載させていただきます。

 修学院離宮を訪ねて

 日本近代建築の粋といわれる桂離宮を半年前に訪ねた後、同時代を代表する山荘として並び称される、修学院離宮を見ておきたいとの思いから、宮内庁への参観申込を経てこのほど春もようやくの京都洛北に足をはこびました。

 修学院離宮は、比叡山の西麓に広がる緩やかな丘陵地にあります。この離宮は、江戸幕府の初期、朝廷と幕府との緊張関係が続く中で、旧修学院村の地に後水尾上皇によって造営された山荘です。上皇は在位時代より山荘の造営にふさわしい土地を求めて各地を見分したが、この地の見事な景観に心を打たれ山荘造営を決意し、設計も自身が行ったということです。当山荘は、明治17年に旧宮内省に移管され、「修学院離宮」と称された、とのことです。離宮の細かい歴史はパンフレットに譲るとして、その見どころを私なりに整理してみました。

  ①東山連峰と比叡山を借景とし、周辺の自然景観と融け合った総面積54万5千㎡超のスケールの大きな山荘庭園である。

  ②標高差40mの高台地に上(かみ)・中(なか)・下(しも)の三つのそれぞれ独立した離宮(御茶屋)が自然の地形の高低と広がりを生かして緻密に配置されている。

  ③三つの御茶屋には数奇屋風の建物や細部に贅を尽くした小亭が配されている。 なかでも中御茶屋にある「客殿」一の間の飾り棚は、長短5枚のケヤキ板が絶妙なバランスで浮き立つように配置されており、あたかも霞がたなびくさまに似ていることから「霞棚」と呼ばれ、桂離宮の「桂棚」、醍醐寺の「醍醐棚」とならび天下の三棚と称されている。

  ④三つの御茶屋を連絡する松並木の両側に広がる棚田畑地8万㎡をすべて買い上げて附属農地とし、自然景観の保持につとめている。耕作は付近農家に依頼しているとのこと。

  ⑤上御茶屋は谷川をせきとめて造られた苑池「浴龍池」(よくりゅう)を中心に造営されている、周遊・回遊両様式の優雅な庭園である。ここに建てられている「隣雲亭」はその名にふさわしく当離宮の最も高所に位置し、眺望は圧巻である。北山、西山の峰々や京都市街が一望できる。

  ⑥「浴龍池」は、常にほどよいさざ波が生ずるよう水深は50cmと見た目より浅く造られている。中島や池廻りの樹木と水面にゆらぐ樹影に心身から癒される。池廻りに築かれている土堰堤は3~4段の石垣で土留めされており、当時としてはかなり大掛かりな工事であったと思われる。

  壮大でおおらかな日本庭園文化を満喫して帰路についたわたしたちでした。    

                                         津田修身記 

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 修学院離宮の入口

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 これは客殿(きゃくでん)にある霞棚(かすみたな)、桂離宮の桂棚、三宝院の醍醐棚とともに天下の三棚と称されている。

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 この鯉の絵は作者不詳であるが、鯉の絵の網だけは円山応挙(まるやまおうきょ)の筆と伝えられている。

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  この祇園祭の鉾(ほこ)の絵は、住吉具慶(すみよしぐけい)といわれる。

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 窮邃亭(きゅうすいてい)

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 ■曼殊院(まんしゅいん)

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