☆特に土日はめ一杯仕事があって、それなりの忙しさで楽しく仕事ができて幸せでありがたいかぎりです。ようやく今日の7月3日午後から少々落ち着いてきて時間に余裕が出てきたので、再び記事の続きを・・・。
もちろん、ヒーリングパワーの使いこなしと言っても私自身はHSの専門職員で宗教家として沢山の奇蹟事例を実地体験しているわけでもありませんし、職業として人を癒す「病」の専門家でもありませんので、何か我が身が病気にでもなり困ったことが起きて医療の専門高度な治療が必要になれば、できれば真理医療者、真理治療家に素直にアドバイスを受けて治療を受けると思いますが、さすがに唯物論の事務作業的なお医者さんだけは正直どうしても避けたいと心底思います。誰でもでしょうが。(笑)
それでも「無病息災」(むびょうそくさい)で健康で働きたいと思うので、まずは自分自身に対してのザ・ヒーリングパワーの使いこなしを十分に試みて、続いては家族や親戚、友人知人、お客様にも「無病息災」で健康で長年にわたりご活躍いただきたいと素直に思いますので、素人ながら何らかのご参考になるようなことを、少しでもお伝え出来るようになれればいいなと常々思っています。
たとえばこの「無病息災」という言葉。日頃何気なく使う言葉でも深い意味を知らずに使うことも多く、いつも日本語は漢字に深い意味が込められていて調べると驚くことが多々あるのですが、今回も「無病息災」という言葉のその意味を調べると「息災」は、もとは仏の力によって災害・病気など災いを除く意。転じて、健康で元気なさまをいう。とあり、昔に生きた日本の優秀な先達が後世の私達に残してくださった「言霊遺産」でもあり、いくら科学が発達したといえ血液そのものは未だに人間が作れず輸血に頼るしかなかったりと、人智で及ばない領域はどうしてもあるものなので、やはり、そのスピリチュアルな仏神の力をまずは素直に信じることが大事だと暗に示してくれているものと思います。
最近の私の稚拙な体験でいえば、御礼参りで訪れた晴明神社の晴明井の御神水でいただいたコーヒーに超絶の癒し感を感じたり、下鴨神社の御手洗祭「足つけ神事」の穢れを落としで強い効果を得たりと、どうも陰陽師系の神々のヒーリングパワーにスイッチが入って来た感じが強くあります。
動機は、さきほど語ったようにもっともっと人のお役に立てる、お客様のお役に立てる、喜んでいただける仕事がしたい!そのためには「無病息災」で健康でありたい!友人知人お客様も「無病息災」で健康でご活躍いただきたい!という気持ちが、強くなっているからかと思います。そして、これもタイミング的に引き寄せシンクロと思われるのですが、数日前(8月1日午後)に、親戚のいとこのお兄さん(天理教の教会長)が、私の父親から、ひいおじいさんの房治郎さんの遺品のお焚き上げ(処分)を受けたらしく、「どうしてもこれは房彦ちゃん(私)に目を通しておいて欲しい」というので、その遺品の一部をみせてもらったら、大成教という宗教で資格をとって加持祈祷をして、病院で諦められた舌癌を治したり、リュウマチを直したり沢山の人の名簿記録(ひとがたも多数あり)があって、少し父親から聞いていただけだったので、「ビックリ!」した次第です。
昔々の昭和2年~20年代が中心の名簿記録で、病院が少なく医療技術が発達していない時代とはいえ、確かにヒーラーであったことはよく理解できました。
指導霊とは別に親族や家系で何らかのご支援を賜る霊を「補助霊」と呼ぶなら、まさしく、ひいおじいさんの房治郎さんも一緒にエル・カンターレの法を学んでいただけるようで、そしていろいろと護ってくださっているよう(今まで分からなくてすみません)で、とても心丈夫な感じがしています。ありがたいかぎりです。
つづく。(次の仕事があるのでひとやすみ、時間がとれしだいづづきをいきます。)