大阪屋 たてものブログ

一年が経ってみて。

☆ちょうど、一年が経ってみて。の、感想を忘れないうちに、少し書き残しておこうと思います。2020年11月30日夕方から、12月12日間の私的な「急性心筋梗塞・心不全」の入院時の感想です。すでに10年位経った、遠い昔の出来事のように感じています。

そのときは、大きな仕事がひと段落して、体調悪くしんどい日が続いていたので、ようやく11月30日夕方に近所のN医院さんで診てもらったら、「すぐに紹介状書いてタクシーも呼ぶから、即、タクシーに乗って大阪急性期総合医療センター(府立病院)に行って下さい。」と言われて、行きました。救急車に乗って行ったのではありませんが・・・。

診察が始まって、ドクターから「心臓の機能が20~30%しか機能していません。」と言われてギョッとしましたが、「万が一、死んでも仕方ないよなぁ~。」と、すぐに腹も括っていましたし、

逆に「この状態では、最低でも28日は入院です。それが大まかな目安ですね。」 と言われていましたので、「少なくとも年内いっぱいは入院か?治って帰れるなら、できるだけ早い方がいいよなぁ~」とも考えていました。

ICUかCCUか忘れましたが、とにかく緊急治療室から普通病室に移動してから、カメラを持って来てもらい、セルフィー(自撮り)で記念写真を撮りましたので、その時の写真で、お見苦しい姿が出てきますので「閲覧注意!」で、不快に思われる方は、見るのを止め退出していただけると幸いです。

「秘密の法」を読みながら、特に「キャパ超え」のところ。P108~を振り返えり反省する時間も十分に与えられました。退院後は、あくまでも自分なりにですが、「細分化の原理+平均の法則・平均打率の法則」を特に意識して、正確に実践するように努めているところです。

また、「病気から立ち直るときには・・・(食養生的なことが記載されている)」P197~。で、自分の口に合うモノで、ニンニクの味噌漬物、バナナ、トンカツを随分と試してみましたよ。私的には、トンカツが一番良かったかなぁ~。最近は、肉質の良い、ハルカスで買える矢場とんのみそカツがお気に入りですね。

一般に「大病すると人生観が変わるよ」と、聞いていましたが、ある意味「新復活」のような貴重な追体験をさせていただけて、とてもシネマチックに一連の出来事が美しく(私に対応して下さる救急医療の看護士さん等の姿や心情を、もろに、その職務に対する姿勢を見る機会は初めて)観えていましたし、

入院当初、看護部長のU山さんという方が、わざわざ、あいさつに来て下さって、「困ったことがあれば、近くにいる看護士に、何でも遠慮なく言って下さい!」と、「必ずあなたのこの状況から救い出します!」というような静かで物凄い迫力が伝わって来て、心丈夫で大変ありがたかったことを鮮明に覚えています。

メタボ腹に、心電を計測する電極と、導尿管です。
もちろん、導尿管差し込み状態写真も撮りましたが、さすがに、お見せするのは見苦し過ぎるのやめときますが、 導尿管差し込み時の痛みは、覚悟していましたが、大丈夫でした。ただ、20代の若い看護士さんがそれを担当したので、いくらプロとは言え恥ずかしかったです。(苦笑)

痛みに関しては、むしろ、付随する入院許可の為のPCR検査で、鼻の穴に竹ひごみたいな棒を2回も刺されて、グリグリ回されてとても痛かったです。陰性だったのでOKでしたが、コロナ陽性だったら入院そのものが、どうなってたのでしょうね?

新復活のP38に「心筋梗塞、心不全、肺水腫、無痛性狭心症」とありましたが、肺が水でいっぱいになった。など、ほぼ、よく似た症状でした。私の症状は、しんどさはありましたが、痛みはありませんでした。点滴や利尿剤によって、自覚なく、おしっこが自然とようでる、ようでるですね。

この写真の駒の付いた機械一式の電源を切って、繋がれたチューブ類と共にトイレに転がして行って大便をしに行くのが、少々大変でした。(苦笑)

また、治って来て、導尿管を取り外してから、オムツとオムツパッドを生まれてはじめて履かされて、自分でトイレまで小便しに行くのですが、尿意を模様してからトイレに行くまでの間が、たかが15mくらいの距離なのに、導尿管で自覚無しでおしっこに慣れてしまっていたので、

尿意を模様してから、トイレに行くまでおしっこがどう踏ん張っても我慢できずに、オムツとオムツパッドに何度ももらしてしまい、「そのまま、元に戻らなかったらどうしよう?」とか、不安に思って、看護士さんに、予備の履き替えのオムツとオムツパッドを多めに、4~5枚を用意して貰ったりしました。そのうちに元に戻りましたが。(苦笑)

この時のカメラはセルフィー機能の無いカメラで、自撮り記念写真するのは、かなり難しかったです。

どうも祈願「ヒーリングパワーを得るための祈り」ヘルメス神を、OSで受けて来てくれて、ドクターが驚くくらい回復が早く、12日の午前中には退院が出来きることになり、即、仕事再開しました。

ヘルメス神の祈願は、とてもうれしかったです。チューブ等を外してからはリハビリ(歩行訓練)も映画のようにマネして、やっていましたよ。(笑)

主食をごはんとうどんが選べたので、うどんを選びました。昼、晩はいつもうどんでした。おつゆがある方が、喉越しよく食べやすかったからです。薄味でしたが出汁がよく効いていました。

12月7日頃に看護士さんたちの動きが慌ただしく、みんなフェイスシールドをしだしていて「これは何かあったかな?」と、思っていたら、やっぱり、どこかの病室でコロナ騒動が起こっていたみたいで、

10日頃に報道があって、同じく入院していたおじさんが「ラジオで聞いたよ。」と、看護士さんに確認の話しをしているのを見ました。そんなこともありましたね。

朝食は、こんな感じのモノが出ていましたよ。

6Fの東側の窓から、日の出前の空です。下には道路を挟んでお隣の大領小学校、奥の山が、二上山や金剛山ですね。

自撮りがしにくかったこともあって、ごく最近、セルフィー機能のあるフジX-E4を購入しようと注文してみましたが、人気商品とはいえども、3ヶ月待ちの状態でカメラメーカーも、在庫なしが続いています。昨今の半導体不足の事態でカメラの量産体制をとるのが難しいのだと思います。

退院後のリハビリは、病院の心臓リハビリというのがありましたが、その内容を見て、自分は合わない(馴染まない)と思い、まだ、一般のスポーツジム通いする方がよいと思い検討もましたが、

色々テストした結果、さらに自由度の高い、航空機などの撮影や軽い運動の自転車に乗りながら好きな写真を撮ったり、トレッキングしたり、する選択をした方がもっとよいと強く思うようになりました。

その結果、こうしてこのフォトログを続けられているのも、好きな季節のたとえば春に、春の香シリーズで梅、桃、桜などを愛でることが愉しめ、うまく表現できませんが、可愛いくて仕方ないほどの感動や、美しさが伝わって、優しい気持ちになれるからです。

当時のそのときも同じように、「貴重なよい経験を与えていただいたなぁ~。」と思いましたが、さらに洗練され、少しづつ、昇華出来て来た感があり、老・病に対する考察が一段と深まって来たと思います。

また、退院後のY支部長さんのフォローや、法友には感謝しきれないものがありまして、この場でお礼いたします。本当にありがとうございました。

現在は、3ヶ月に1度の外来通院検査のみとなっています。

今回もご覧いただきまして、本当にありがとうございます。心より感謝いたします。

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